中川佳宣「薹(とう)」


2006年1月28日 - 3月11日 タグチファインアート
































中川佳宣は1964年大阪府生まれで現在滋賀県在住。大阪芸術大学を卒業した1987年の個展以来、一貫して植物や植物と人間との関わり、すなわち農耕や栽培といった人間の根源的な営みをモチーフに作品を制作しています。様々な素材を自在に操る職人的な手技や、作品の素朴な佇まいから漂う豊かな詩情により、これまで多くの人々を惹きつけてきました。タグチファインアートでは、2003年の「on the table - 卓上の」と題した展示に続く3年振り3度目の展示となります。



彫刻と台座

前回の展示「on the table - 卓上の」では、美術の問題である「彫刻と台座の関係」が、「作物と畝の関係」との類比という中川独自の視点から検討されました。彼のユニークな考察は、畑の畝に並ぶキャベツや白菜を出発点に、テーブル状の台座のうえに石膏の幾何学的な多面体が座する彫刻作品として結実し、田園風景を彷彿とさせる不思議な世界を提示しました。
このテーマは中川が長年の宿題として抱えていたもので、同年の大阪ノマルエディションでの個展でさらに展開、複数のテーブルを並べたインスタレーションにより、そこに畑さながらの風景を現出させました。このときの展示で自分なりの答えを見つけた中川は、その後2年以上のあいだ、まとまった形での新作の発表から遠ざかりました。



発生と消滅

ノマルエディションでの個展の後、中川の意識は彫刻や台座という美術の問題から次第に離れ、彼が暮らす里山の風景や人々の生活へと回帰していったようです。古代から変わることなく繰り返されてきた農夫の営みを観察するにつれ、彼の関心は発生や消滅という自然や生命のサイクルに移っていきました。
そうしたなかで中川が新作のモチーフとして選んだのは、農夫によって作物がそこで育まれる「場」と、作物が消滅する前の最後の輝きであると中川が考える「薹」です。
種を蒔きそこで作物を育むために畑のなかに設けられる畝は、発生をはらむ場所として、農夫がつくりだす特権的な「場」です。
「薹」は、蕗や菜の花などが収穫の時期を過ぎ、農作物としての食べ頃を過ぎてしまった状況で、伸びて固くなってしまった花茎を指します。農夫による生産活動から取り残されたこの薹に、中川は生命の輝きと自然のサイクル、そこへの農夫の思慮を見ています。





「座の位置」から「薹」へと変化する風景の様子は私にとって台座と彫刻という関係を突き抜けた、発生から消滅という根源的なものを孕んでいるように思います。「薹」とはものが消滅する前に見せる輝きかもしれない。

大地に注がれる視線の先に我々の先人たちは「畝」というものを育むための「座」を設け、丹精を込めて来た。
やがて豊な実りとなり、その多くは収穫の時を迎えることとなるのであるが、決まって1つか2つはそのまま畝の上で放置されることとなり、それらはさながら畝の上に建つランドマークといった風景へと変化する様子を記憶の中に留めている。

なぜ、数株だけが取り残されたのか、とても不思議であったが、雪の降り積もった朝にランドマークの点在する畝を眺めていて、それらをついばむ小鳥の姿にその答えのかけらを見つけたような気がしたことを覚えている。先人たちのささやかな分け前に命を繋ぐものがいる。

春にはそれらランドマークたちは各々に「薹」を伸ばし、全く違った様相を提示し、それはもう目的を持って育まれたものではなく、生産者にとっては全く意味を持たないものへと変化をする。この無意味さが何より好きなのである。

中川佳宣





出品作品

1. 薹 #1, 2004
木・布・キャンバス・彩色
59.8 x 5.0 x 5.0 cm

2. 座の位置#4, 2006
再生紙・皮・木・綿・アクリル・糸
37.0 x 17.5 x 30.0 cm

3. 座の位置#1, 2006
再生紙・皮・木・綿・アクリル・糸
50.0 x 20.0 x 40.0 cm

4. 薹#2, 2006
ブロンズ・大理石
179.0 x 31.0 x 35.0 cm

5. 卓上の畝, 1992
再生紙・アクリル・彩色・金属粉・皮・蜜鑞・糸
80.0 x 62.0 x 21.5 cm

6. 鏡の庭#3, 2005
アクリル・紙
50.0 x 65.0cm