イングリット・ヴェーバー 「Farbmittel」


2002年9月7日-10月29日 タグチファインアート










































 イングリット・ヴェーバーは1961年ドイツ、オーバーマウバッハ生まれ。1991年にデュッセルドルフ美術アカデミーで ヤン・ディベッツによりマイスター・シューラーを取得。2000年にはエルンスト・ポンスゲン協会から奨学金を受け、1年間ニューヨークに滞在。現在はニューヨークとデュッセルドルフを拠点に活動しています。




微細な顔料の粒子ーファルブミッテル (Farbmittel)

 ドイツ語でファルブは「色彩」を、ミッテルは「物質・材料」を意味します。したがって、ファルブミッテルとは「色の物質、材料」ということになります。具体的には、ヴェーバーが制作に際して使用している「微細な顔料の粒子」のことです。絵画においては一般的に、この「顔料」と、それをキャンバスに定着させるためのニカワやアラビアゴム等の「練り剤」が、色彩表現を実現するための重要な要素となっています。
ヴェーバーは一貫して、単色かあるいは極めて限られた数の色彩で画面を構成するモノクローム絵画を制作しています。彼女が展覧会に際して、この「ファルブミッテル」という言葉をタイトルとして選んでいるのは、それが彼女の制作しているモノクローム絵画を端的に示す言葉であり、彼女の絵画における探求がそれを通してなされているからです。
 彼女は制作の準備段階として、まず注意深く顔料を混ぜ合わせ、それらの配合を変えて微妙に色価の異なる何種類かの絵の具を作り出します。たとえば、同じ緑色にしても、そこに混ぜる黄色の顔料や青色の顔料の量、また練り剤の量や種類を変えることによって、さまざまな緑色を作り出します。その後、それらのなかからいくつかの色を選び、それぞれの色ごとに作品を制作していくのです。

 色価 (value) ー同じ色相のなかでの明暗(明度)や灰色の含有量(飽和度)の差異




光の表現

 科学が色彩を光の屈折率の問題として説明しているように、色彩表現とはすなわち、光の感覚をわれわれに伝えることでもあります。ヴェーバーが注意深く取り扱う顔料も、光があってはじめて、その色の差異を知覚されるわけです。したがって、彼女が自分で作り出した色彩には必ず、彼女が制作しているその時、その場所の光が含まれているといえます。もちろん彼女は自然光で制作しており、スタジオのあるデュッセルドルフの光、ニューヨークの光、また旅行で訪れたヴェニスの光など、光の違いについて大変敏感です。「ファルブミッテル」を通して彼女が表現しようとしているのは、実はこの、ある時ある場所で、自らが体験した、その場限りの光なのかもしれません。
 一瞬として同じ光は無く、したがって同じ色というものもありません。それらは刻々と変化していきます。毎日が昨日とは違う日で、かけがえのないものです。ヴェーバーは、あらゆる先入観を廃し、常に新しい気持ちで顔料を混ぜ合わせ、色を生み出し、キャンバスに向かうといいます。ペインティングナイフで顔料を何層にも塗り重ねる作業のうちに、画面に凹凸が生まれ、陰影ができ、また新たな光、色彩が生まれます。




モノクローム絵画

 カジミール・マーレヴィッチに始まり、アド・ラインハートやイヴ・クライン、ブライス・マーデンやロバート・ライマンらによって展開されたモノクローム絵画は、元来はそれぞれ独自の目的で制作されたものでしたが、絵画を色彩と形態の二元論に還元するモダニズムの問題として、今や既に乗り越えられてしまった過去のものとして扱われているようです。ですが、それらは果たして、本当に過去のものなのでしょうか? 色彩と形態は、意識するしないに関わらず、それ抜きには絵画表現が成り立たない根本的な問題であり、どんな画家も出発点として常に向かい合わなければならない、永遠の問題であることに疑いはないでしょう。




テロ直後のニューヨークでの制作

 ヴェーバーは、2001年の10月に、ニューヨークのブルックリンにスタジオを構えましたが、当時そこには、世界貿易センターの廃墟からイースト・リヴァーを越えて、焼け跡の焦げる臭いが漂ってきていたそうです。彼女は行くまいと決めていたグランド・ゼロに、地下鉄を乗り過ごして不意に出くわしました。無惨なビルの残骸と、それに向かって花をたむけ祈りを捧げる人々、その光景は彼女に「ニューヨーク・スクエア」と題されたグレーの顔料を主体にした作品を作らせることになります。「グレー」は、彼女が日頃から基準点と考えている色彩です。




 今回のタグチファインアートにおける展示は、昨年の5月にデュッセルドルフのトーマス・タウベルト画廊で行われた初個展に続く、ヴェーバーの2度目の個展であり、日本では初めての展覧会となります。また新たな基準点ともいえる「ニューヨーク・スクエア」制作以降の彼女の仕事を見る、初めての機会にもなります。

 初日9月7日(土)午後6時より、慶応義塾大学文学部教授、前田富士男氏による「色彩」をテーマにしたレクチャー、作家自身によるスピーチがありました。




 出品作品
  
1.無題 (cadmium-brown), 2001,
油彩・顔料・キャンバス, 27 x 26 cm
 
2.無題 (c-red no.4), 1997,
油彩・顔料・キャンバス, 27 x 26 cm
 
3.無題 (ultramarine blue, parisien blue), 2000,
油彩・顔料・キャンバス, 27 x 26 cm
 
4.無題 (c-brown, titan-orange), 2001,
油彩・顔料・キャンバス, 27 x 26 cm
 
5.無題 (c-brown, t-orange), 2001,
油彩・顔料・キャンバス, 27 x 26 cm
 
6.無題 (c-yellow, vagoner-green earth), 2001,
油彩・顔料・キャンバス, 27 x 26 cm
 
7.無題 (slate), 1999,
油彩・顔料・キャンバス, 37 x 37 cm
 
8.無題 (alizarin-violet), 2001,
油彩・顔料・キャンバス, 57 x 53 cm
 
9. 無題 (slate-new york square), 2001,
油彩・顔料・キャンバス, 60.9 x 60.9 cm
 
10.無題 (vag.-green, ul.-blue), 2002,
油彩・顔料・キャンバス, 60.9 x 60.9 cm
 
11.無題 (vag.-green, ul.-blue, c-yellow), 2002,
油彩・顔料・キャンバス, 60.9 x 60.9 cm
 
12.無題 (c-yellow, vag.-green), 2002,
油彩・顔料・キャンバス, 110.0 x 105.0 cm